明治40年(1907年)7月15日,豪雨による土砂災害が安芸郡奥海田村(現安芸郡海田町),坂村(現安芸郡坂町),矢野村(現広島市安芸区)を襲い,大きな被害をもたらした。なかでも瀬野川左岸にある奥海田村八木集落では,山崩れによる濁流と瀬野川の決壊によって家も人も土砂の下に埋没してしまうという大災害に見舞われた。 奥海田村では,犠牲者68名,流失家屋60戸余り,流失・浸水した田畑が560町歩の被害を出した。 こうした空前絶後の被害の有様を教訓として後世に残すとともに,亡くなった方の霊を慰めるため,昭和6年(1931年)7月に奥海田村によってこの石碑が建立された。 所在地:安芸郡海田町寺迫1丁目 長谷寺(ちょうこくじ)境内